「日本をむすび、日本をひらく」
上質なおむすびは、
日本各地の素材を贅沢に使用。

おむすびは「一度も握らない」ことで
独特の食感を実現しています。
手土産になるパッケージも手伝い
ロケ弁や楽屋見舞いなど“おもたせ”でも
人気を博しております。
また、お弁当は
関連会社の酒蔵、味噌蔵の発酵調味料を
贅沢につかった漬け魚が
「冷めてもふっくらやわらかい触感」
と評判をよんでいます。

いちはやく糀に着目。
日本初の糀ドリンク専門店を
開業した糀ブームのパイオニア。

日本古来の伝統食である「甘酒」。
糀を主原料とし、それまで一般的であった酒粕を
主原料としたものとは一線を画し
「糀ドリンク」という新たなジャンルを
創出しました。
モダンデザインで、
現代になじみやすい味と
ラインナップで商品・店舗を表現。
新潟をはじめ、各地の醸造蔵と連携し
様々な糀関連商品の開発を行うことで、
老舗を再び蘇らせることにも貢献しています。

にいがたの 今と古 むすぶこと
新潟県で最も早く
全量純米仕込みとなる。

江戸後期から明治初期の新潟は、北前船が
頻繁に寄港していたため、
人口が江戸より
多かったといわれ、江戸・京都に並ぶ
日本三大花街があった土地でもあります。
蔵が立地する「沼垂(ぬったり)」は、
地盤がよく、
阿賀野川のきれいな伏流水が出て、
さらに栗ノ木川(現国道49号栗ノ木バイパス)
によって
原料や製品の運搬に便利だった
こともあり、今でこそその数は減りましたが、
他にも多くの酒蔵、味噌蔵、醤油蔵などが
立ち並び発酵食の町として知られています。
私たちは、その高品質な酒や酒造りそのものを
消費者にわかりやすく伝えるべく、
酒のラベルや蔵をモダンデザインで整えました。
いまや代表作となった清酒「錦鯉KOI」は、
ニューヨーク、ロンドン、
ドイツ、イタリア、
香港など各国デザイン賞を受賞いたしました。

再生への
取り組み
Business Recovery

課題

当時、すでに全量純米蔵に切り替わっていたが、
「今代司の酒を飲むと、頭が痛くなる」
…昔の今代司酒造を知る人にとっての印象だった。
過去に今代司酒造は大阪の酒の
ディスカウントチェーンに買われたことがある。
その際、新潟での取引を減らされた時期があり、
新潟県内の取引先が30軒もないほどに
減少していた。存在すら知らない、
知っている人は「頭が痛くなる酒」、
そこからのスタートであった。

整える

年々減り続けるアルコール飲料消費量。
ビール、ワイン、焼酎etcと様々な
アルコール飲料があるなかで、
日本酒は当時わずか
8%のシェア(平成27年で6.6%にまで下がる)。

その狭い市場におよそ1500社の酒蔵が
しのぎを削る。
そこで、初期の今代司は
次のようにターゲットを決めた……
「日本酒を飲まない人」。
つまり、縮小しシェアの少ない
日本酒を飲み慣れている人ではなく、
日本酒はそれほど飲まないが
日本酒の世界観が好きなライトユーザーの
市場創造を目指した。
そして、ブランディングは
プラスイメージの少ない今代司酒造
そのものではなく、「日本酒、酒蔵の世界観」に
フォーカスし尖らせることにした。
ラベル、売店、見学通路は「和モダン」で
統一していくことになる。
後述するユニークな
商品と共に認知度が広がりBtoCが伸び、
その後にBtoBが伸びることとなる。

革新

自社を変革し、伸びている市場に合わせていく。
観光市場の伸びに対して
酒蔵の観光化の取り組みもそのひとつ。
異なる市場で伸びているもの、大きい市場に
自社を、商品をどんどん変革し、合わせていく。

和僑商店HDの商品開発の着眼点

内閣府の資料
「これからは心の豊かさか、まだ物の豊かさか」。
品質をあげていく努力は当たり前として、
商品を通じて「心の豊かさ」を
どのように表現するか。

国内はもとより世界各国で
デザイン賞を総なめにした「錦鯉KOI」、
また定番酒「今代司ブラック」、
杉の経木ラベルの「木桶仕込みの酒」などの
ユニークな商品群は
この着眼点から生み出してきた。

味噌醸造量、
新潟県下トップクラス。
「発酵」を新コンセプトに、
味噌蔵観光を実現。

明治38年の創業以来、
越後味噌を造り続けていますが、
地元新潟では、味噌と同じく《漬物の峰村》
としても知られています。
当時の漬け物は特に塩分も高く、
「塩辛い」味噌漬けでしたが、
峰村の漬け物はほんのり甘い
独特な味わいが特徴で好評を得ました。
醸造の技術は発酵によって旨味を引き出すこと。
長年培われた醗酵・醸造の技術と経験を応用し、
味噌・味噌漬だけでなく、出汁、
酢等の発酵・醸造から生まれる
調味料も
展開しています。峰村醸造は日本の伝統ある
食文化《発酵・醸造》を行う企業として、
更なる旨味を醸していきます。

再生への
取り組み
Business Recovery

課題

新潟県で味噌製造量トップクラスの峰村商店。
製造量が大きいため、普及価格帯の
味噌の製造を得意としていた。
県外のOEM受託製造も多く、
自社ブランドの地元のシェアは低い状態だった。
当時の取引きは、およそ90%が問屋経由。
製造設備は味噌と漬け物のみ。
地方の味噌屋にしては製造設備が
大きいが業界大手にはほど遠い、
中途半端なポジションになっていた。
食生活の変化から製造量を減らし、
後継者もいない状態であった。

整える

工場のキャパシティを超える製造を
おこなっていたが、
一部商品の適正価格への
値上げを行うと製造量が減少。
結果、工場の適正製造量になったことで、
味噌の品質が向上。
味噌漬けは抜群に美味しく、
この味噌漬けを中心に
BtoCの取引きを
拡大させるため、直売店を設置。
下記に続く商品展開とともに通販販売も伸び始め、
粗利の高い事業の柱を構築。

埋もれた財産を活用

もともと作業場として使われていた土蔵。
道路拡張にあたり土蔵は
壊される予定であったものを、
移築し直売店としてリニューアル。

味噌・漬け物製造業から
「発酵コンセプトショップ」へ

自社で製造できる製品は味噌と漬け物のみ。
直売店の商品の幅を持たせるため
自社企画・他社製造の商品開発を行う。
「マルナカ」を表にだして、自社ブランドを統一。
地味になりがちな味噌・漬け物であるが、
色彩豊かであるが落ちついた
雰囲気のあるデザイン展開に。

地域の取り組み

現在は廃れてしまったが、一時は
「発酵の街」として栄えた
土地柄の背景を踏まえ、
姉妹蔵となった近隣にある
酒蔵
「今代司酒造」と同時蔵祭りを実施し、
「発酵の街」再興をPR。
「500円で30秒間 味噌盛り放題」は、
最大2時間待ちで、
2日間で約4900名の
お客様が挑戦。総来場者数1万5千人を突破。
地元シェアの低かった峰村の味噌は、
地域で一気に知名度をあげていく。

創業から木桶で
仕込み続ける伝統の味。
「発酵テーマパーク」を掲げ、
地域に密着する
体験型味噌蔵に。

明和8年(1771年)の創業以来、
酒・醤油・味噌と、醸す対象は
変化しながらも、
職人が手間暇をかけて
「木桶」に仕込む伝統は今も変えていません。
その「木桶」は、100年以上前に作られ、
大小合わせ約70個あります。
木桶には醸造に必要な酵母菌・麹菌が宿り、
味噌・味噌漬けをその蔵ならではの味わいで
深く醸し出してくれています。
一番大きい木桶は約5トンの味噌を
仕込める程大きく、
ここまで大きい木桶は
原料である樹齢200年~300年の杉の木の減少、
製造できる職人の減少により、
今やとても貴重なものとなっています。
私たちは、日本の伝統食文化
【発酵・醸造】にフォーカスし、
後世へと醸し続けていきます。

再生への
取り組み
Business Recovery

課題

木桶仕込みで良質な味噌をつくる
小規模製造の越後味噌醸造。
ライフスタイルの変化で味噌の消費が落ち込み、
かつ後継者が不在。
味噌と漬け物の
製造卸だけでは、展望が見えない状態だった。
事務所併設の直売はあったが、
周辺人口が少ないため直売店
リニューアルは見送り。
取引先も少ないため、
商品デザインリニューアルにも
着手しない方針にした。

埋もれた財産を活用

デザインの取り組みはせず、
地元にフォーカスした取り組みを開始。
「発酵テーマパーク」と称し、
木桶を活かした蔵見学、
味噌仕込み体験、
醤油櫂付き体験、地元小学校で大豆栽培から
味噌仕込みなどの取り組みを
連発していくことになる。
また、越後味噌醸造ニューズレターを作成し、
地域2万世帯に毎月発行。様々な企画を
たて集客し、
事務所併設の売店で小規模であるが
承継前と比較し売上300%達成。
1年間で地元メディアに90以上も
とりあげられるなど、
一気に存在感をあらわす。

保有経営資源を最大限に活かす

味噌蔵の経営資源のひとつ「糀づくり」。
和僑商店HDのノウハウを活かし、
甘酒づくりをスタート。
売店売上増加、甘酒製造が付加され、
承継前の売上160%増で推移し、
200%も見えてきた。

北前船で栄えた新潟に伝わる、
鮭・鱒・魚卵・昆布などの
海産物を通じて
「幸せな食卓」作りを。

「明治になっても鮭漁の中心基地は新潟」
明治になり、日本の鮭鱒遠洋漁業の基地は
北海道ではなく新潟でした。
毎年1千万尾もの鮭が新潟の港に水揚げされ、
昔から鮭・鱒の町でした。
食卓には必ず鮭・鱈子・筋子が並び、
食卓を囲んだ一家団欒の一役をかっていました。
また新潟では、酒や味噌などの
醸造業が発展していましたので、
鮭・鱒の粕漬や味噌漬などの加工品が
新潟の代表的な名産として続いています。
「鮭は新潟にあり 鮭は小川屋にあり」
老舗ならではの培ってきた
目利き・技術、
そして地元とともに築いてきた人との関係を
宝に暖簾を守って参ります。

再生への
取り組み
Business Recovery

課題

ライフスタイルの変化で、
お中元・お歳暮の贈答需要が減少。
そこに人口減少も拍車をかけ、
20年間にも渡り売上の減少が続いていた。
贈答需要が減少といえども、
売上の大半はお歳暮に依存。
年末の繁忙期にあわせた工場の人員体制に
なっており、
年末を除くと極端に
工場の稼働率が悪い状態になっていた。

整える

まず、着手したのはメイン商品の
「漬け魚」のパッケージの統一と味の見直し。
毎年さがり続けた直販通販の売上の減少に
歯止めをかけた。
しかし、これだけでは、
会社の復活に繋がらなかった。
復活の狼煙は、
後述する予想外の商品からあがっていく。

ビジネスフロー(仕組み)の設計

和僑商店HDでは、若く、
業界経験のない若者が事業承継先の
社長として
着任しているケースが多いが、その肝のひとつは
ここにある。
ビジネスフローを整えること。
業種は違えど伸びている会社の
ビジネスフローは同一。
各会社のビジネスフローを整え、
その上に社長を置いていく。小川屋の場合は、
ビジネスフローの二つの歯車が破壌しており
修復を行った。
商品開発においても
「美味しい物をつくれば良い」というだけでなく、
ビジネスフローに基づき開発を進めていく。

老舗の味も変えていく

伝統の味は、当時の食糧事情、
製造・衛生技術に基づいているケースがある。
小川屋の「鮭の焼漬」もそのひとつだ。
鮭の焼漬は、新潟の伝統食のひとつ。
焼いた鮭を醤油たれに漬け込むもの。
鮭は秋鮭をつかっていたが、産卵後の秋鮭は
パサパサとしている。
それでいて保存性を
高めるため加熱を繰り返し、固い食感と
なっていた。
食が豊かになった今、
様々な鮭が手に入る。
製造・衛生技術も飛躍的によくなっている。
脂の多い鮭を原料にかえて、加熱の回数も
減らし、魚にすぅと箸がとおる食感を実現。
調味料もひとてま、ふたてま加え、
味が格段によくなった。
老舗の味といえども、
このように味を変えていくことも必要だ。

盲点 伸ばすべき商品は何だったのか?

小川屋のメイン商品は「漬け魚」のギフト。
その品質改善、ブランディングなどを続けていたが、
ある商品の伸張率に気づいた。
前述の「鮭の焼き漬け」だった。
20年間 会社の売上を落とし続けていたが
その中で味のリニューアルを行う前から
じわじわと売上を伸ばしていた。
伝統食が伸びているのか?
購入動機を調べてみるとある傾向がみられた。
「すぐ食べれる」から。
そこである店舗で訴求方法を変えてみると、
味を変えていたことも功を奏し
昨年同月比で186%増、
そして単品通販では350%増と一気に伸びた。
贈答需要ではないため、
平月時でも工場の稼働率が上がり始め、
小川屋復活の狼煙があがった。

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